教育への情熱の証
所用で新潟県村上市に足を運びました。市街地の一角に、城下町の賑わいを伝える「郷土資料館」、江戸時代の藩士の暮らしぶりをしのぶことができる「若林家住宅」(重要文化財)、明治期の銀行建築である「三の丸記念館」が並んで建っていて、町の歴史や風俗を詳しく知ることができます。さらにその隣に「村上歴史文化館」という建物があり、ここに一双の「黒川俣小学校所蔵屏風」という風変わりな展示物がありました。
この屏風は、高さは背丈ほどで半間幅の板が12面連なる大きなもので、これに90枚もの色紙がびっしりと貼り付けられています。これらの色紙は、明治36 年(1903)、この小学校の校舎を改築する際、全国の名士に子どもたちへのメッセージを揮毫してもらった色紙だそうです。筆を執ったのは、清浦奎吾、田中光顕、副島種臣、渋沢栄一、佐野常民、佐佐木高行、西村茂樹といった、政財界の重鎮や文化人など錚々たる人士たちで、これがずらりと並んだ様子は圧巻の一語につきます。
伺ったところでは、この小学校は統廃合で廃校になり、町も2008年に村上市に編入されて消滅してしまったとのことですが、この屏風は大事に受け継がれて今日に至っているということです。
越後の名もない小さな小学校の改築記念に、これだけの人たちが子どもたちへ「応援メッセージ」を寄せていることに、明治人の教育への情熱を感じることができます。また、この屏風が、良い保存状態で百年以上にわたって受け継がれてきたことは、地域の教育への情熱が途切れずに持続されてきた証ということができるでしょう。
今なお、見る人の心を打つこの屏風は、永年にわたり人知れず多くの子どもたちを励ましてきたことでしょう。モノを残していくこと、伝えていくことの重要さを改めて感じさせられました。
ヘリテージサービス事業部アーカイブ担当 中川 洋
歴史系博物館学芸員として資料の収集・管理や展示・教育業務に携わり、現職に就く。
現在は、企業および学園アーカイブのコンサルティング、プランニング、マネジメントに従事。