百花繚乱 工夫をこらす企業博物館
企業での歴史資料の保存や公開は、欧米に比べて遅れていると言わざるを得ませんが、近年では、所有する資料を積極的に公開して、経済史や社会史の研究に役立てるとともに、会社や事業の歴史を知ってもらおうと考える企業が増えてきました。その代表格は「三井文庫」(東京・中野区)で、近世以来の三井家の古文書から20世紀初頭の三井物産の資料まで、主に研究者向けに資料を整理し公開しています。三菱グループも「三菱史料館」(東京・文京区)を平成7年にオープンし、岩崎家や戦前までの三菱関係会社の史料を公開しています。住友も公開は限定的ですが、「住友史料館」(京 都市)をもち、所蔵史料の刊行などの事業をしています。
一般向けの資料公開で規模が大きいのは、東京電力の「電気の史料館」(横浜市)で、各種発電機や鉄塔などモノ資料を展示している博物館に、文献や記録映像、錦絵などを所蔵し公開する「文書館」が併設されています。メーカーでは、トヨタグループの「産業技術記念館
」(名古屋市)が企業博物館の先駆的存在です。敷地はグループ発祥の地であり、建物は煉瓦造りの工場建屋の一部を転用しています。数多くの織機を動態保存し見学者の前で動かしているほか、初期の自動車工場の内部を復元するなどして自動車工業の発達史が視覚的に理解できるようになっています。サービス産業で注目を浴びているのが、昨年10月にオープンした「鉄道博物館」です。都心にあった交通博物館をさいたま市に移転、リニューアルオープンさせたものですが、広い敷地を得たことで35両もの実物車両を一堂に展示することができました。運営はJR東日本の外郭団体ですが、鉄道史全体に目配りをした充実した展示でたくさんの人を集めています。「産業技術記念館
」「鉄道博物館
」ともにライブラリーを設置し、史料閲覧の便をはかっています。
小規模ながら、ユニークなのが「フェルケール博物館」(静岡市清水区)です。フェルケールとはドイツ語で交通、交際の意味で、地元で長く物流や食品事業を展開してきた鈴与が支援して、清水の交通や流通、生産について展示しています。羊羹で著名な虎屋は、「菓子資料館虎屋文庫
」(東京都港区)を設置して年に何度か企画展を開催、専任のアーキビストを任用して学術雑誌『和菓子』を刊行するなど、和菓子史研究のリーダーとなっています。
このように、貴重な企業アーカイブをいろいろな形で活用して、企業の文化貢献や企業イメージ向上に役立てようとする動きが、さまざまな業種で広がっています。

ヘリテージサービス事業部アーカイブ担当 中川 洋
歴史系博物館学芸員として資料の収集・管理や展示・教育業務に携わり、現職に就く。
現在は、企業および学園アーカイブのコンサルティング、プランニング、マネジメントに従事。