アーキビストの眼:電子記録の性質(3)
今号では、電子記録の陳腐化(obsolescence)についてお話したいと思います。
電子記録の長期保存を考えた時、アーキビストを悩ませるのが、ソフトウェアや電子媒体などの「陳腐化」です。電子記録は、紙資料とは違い、意識的に残そうとしなくては残りません。IT技術の進化のスピードが速く、比較的短期間で陳腐化することが理由の1つです(※1)。また、メディアは劣化の進行が早いのも問題です。
今私たちが出来ることは、電子記録を永久的に保存しようと膨大な費用を費やし右往左往することではなく、いかに電子記録を次のIT世代へバトンタッチしていくことができるかを目標にすることだと、英国国立公文書館のデジタル保存部門の責任者(Head of Digital Preservation)であるティム・ゴリンズ氏は述べています(※2)。バケツリレーを例に挙げると、まず、最初の人は、いかにして次の人に中の水を同じ状態で渡すことができるかを考える必要があります。しかし、次の人がどの様に3番目の人に引き継ぐかまでは考える必要はないということです。次の人が3番目の人へバケツを引き継ぐ時には、新技術が誕生していて、バケツの形や素材を替えさえすれば中の水は同じ状態で、また次の人へ引き継いでいけるようになるはずで、それを繰り返すことで、将来的に見て永久的保存が可能になるということです。
そのためには、まず、陳腐化による記録・情報消失のリスクを記録作成前から年頭に置き、例えば、次のようなことをルール化すると良いのではないでしょうか。
◇常に汎用性の高いフォーマットで保存する
汎用性の高いものは、万一陳腐化するようなことがあっても、必ず市場の需要供給によって救われるとティム・ゴリンズ氏は述べています(※3)。また、汎用性の高いソフトウェアを使用することでマイグレートの頻度が減り、記録の完全性が保ちやすくなります。
◇メディアだけに頼らず、常にサーバー保存を心がける
サーバーに残ってさえいれば何らかの形で情報を救うことができ、復旧のコストも最小限ですみます(劣化・陳腐化したメディアの復旧には膨大な時間とお金がかかります)。
◇IT技術の最新情報に敏感になり、積極的に先を見越した対処法を考える
例えば、簡単なことですが、フロッピーディスクからCDへファイルを移動していれば今でも情報の検索が容易にできたはずです。
次回は、4つ目の問題点である電子記録の「完全性」についてお話ししたいと思います。
※1 例えば、英国BBCが1980年代に行った「Domesday Project(ドゥームズデイ・プロジェクト)」はこういった問題の典型的な例で、原本である古文書(1086年)は現在も保存状態が良いにもかかわらず、古いコンピューターフォーマットで作成されたデータベースは現代の新しいコンピューターでは再生不可能、データベースが保存された磁気媒体も劣化損傷が激しく情報は取りだすことができない状態(BBC News, Digital Domesday Book Unlocked, http://news.bbc.co.uk/2/hi/technology/2534391.stm)。
※2、3 Gollins, Timothy, 2009年11月2日、英国国立リヴァプール大学セミナーにて。

ヘリテージサービス事業部アーカイブ担当 白川 栄美
英国国立リヴァプール大学大学院アーカイブズ学・記録管理学専攻修了。国文学研究資料館外来研究員、ロンドンロスチャイルド銀行アーカイブズ短期研修などを経て、現職に至る。日本アーカイブズ学会会員。