ネガフィルムの保存について、再考
先日、公益社団法人日本写真家協会主催の「日本写真保存センター」セミナーに参加しました。写真フィルムの劣化と長期保存がテーマのセミナーで、講師は、日本無機株式会社商品開発知財部副部長の増田竜司氏と東京都写真美術館保存科学専門員の山口孝子氏でした。フィルム劣化の種類は色々ありますが(※1)、このセミナーでは、そのひとつであるビネガーシンドロームに焦点があてられ、両講演とも大変有意義で充実した内容でした。
フィルムは紙焼き写真と異なり、三酢酸セルロースの加水分解反応により酢酸を放出します(ビネガーシンドローム)。酢酸は、自触媒作用点を超えると一気に酢酸化が進み(※2)、放出された酢酸は連鎖反応を引き起こし、周りまで酢酸化させるという厄介な性質をもっています。自触媒作用点での濃度は1.5ppm。人間の嗅覚だと1ppmから酢酸臭を感じ取ることができるため、フィルムから少しでも臭いがしたと思ったら、劣化の進行を抑えるため、即時の対策が必要です。酢酸を放出しているフィルム類と紙焼き写真・アルバムなどを同じ棚や箱に収納されている場合は、別々に保存することをお奨めいたします。また、プラスチックケースや通常のポリプロピレン製のスリーブなど気密性が高い包材は、酢酸を逃がすことができず、包材の中で酢酸がこもり、劣化をさらに促進させる原因となるため、使用をできるだけ避け、通気性が良いとされている紙の包材を使用することをお奨めいたします。
ネガフィルムの長期保存には、酸性でもアルカリ性でもないノンバッファー紙と呼ばれる紙で作られた包材(保存容器)の使用が最適とされています(※4)。高価なため、その効能についてお客様から質問をいただくことがあります。講演の中で、山口氏は、劣化した写真フィルムの保存環境と酢酸放出量の相関性の調査をするための試験を行い、その結果、温度環境と放散速度には高い相関が認められ、包材への入れ替えで酢酸の放出量が下がることが確認されたと報告しています(※3)。ただし、これは、適切な温湿度環境下で包材の入れ替えが行われた場合に限ります。例えば、温度を20度から5度に下げた場合、酢酸の放出量は5分の1に下がったことが確認されています。
「写真は化学の進歩により、見えるものは全て撮れる時代になっていますが、「過去の時代は絶対に撮ることはできません」」と公益社団法人日本写真家協会会長の田沼氏は述べています(※5)。電子化したデータはあくまでもバックアップ、つまり保存のための代替媒体にしかすぎません。電子化したからといって廃棄するのではなく、原資料であるネガフィルムも貴重な記録として長期的に残していく必要があると考えます。より効果的に、かつリーズナブルに長期保存できるよう、研究がさらに進むことが期待されます。
- ※1 『写真の保存・展示・修復』(日本写真学会画像保存研究会編、、1996年、武蔵野クリエイ)を参照。
- ※2 p3の図表参照: Kodak, “Keeping The Legacy Of Trust: Assuring Longevity Of Earlier-Generation Microfilm Images”, 2008, http://graphics.kodak.com/docimaging/uploadedfiles/en_A6302_Ace_to_Poly.pdf (2014年2月6日アクセス)
- ※3 また、箱などの保存容器内にケミカル除去シートなどの吸着材を使用すれば、3週間が経過しても酢酸放出量を1ppm以下に保つことができたことも、あわせて確認されています。
- ※4 特種東海製紙株式会社の「ピュアガード」やムンクテル製紙の「フォトン」と呼ばれる紙などがある。
- ※5 セミナー当日配布資料に記載。

ヘリテージサービス事業部アーカイブ担当 白川 栄美
英国国立リヴァプール大学大学院アーカイブズ学・記録管理学専攻修了。国文学研究資料館外来研究員、ロンドンロスチャイルド銀行アーカイブズ短期研修などを経て、現職に至る。日本アーカイブズ学会会員。