「アーキビストの職務基準書」とアーキビスト認証への期待
2018年12月、国立公文書館は「アーキビストの職務基準書」(以下、基準書と略記します)を公開しました。この基準書は、アーカイブズの専門職であるアーキビストの使命と職務内容、さらに職務遂行にあたって必要な知識・技能などをはじめて体系化したもので、非常に画期的な内容であるといえます。今回のコラムでは、基準書を一読した感想と次のステップとして位置づけられているアーキビスト資格認証制度について紹介していきたいと思います。
基準書を読んではじめに感じたのは、日本のアーカイブズの多様な現状にできるだけ対処しようという国立公文書館の基本的な姿勢がよく表れているということでした。基準書によれば、この案を策定する過程で各地のアーカイブズ機関から、①根本的な問題として今回の案が歴史公文書等の管理に関わる専門職が対象で、古文書などの民間所在資料の管理を職務としている担当、または企業などで歴史的な資料の管理を担っている人材の職務をカバーしていない、②公文書管理体制が地域において十分整備されていないなかで、実際の職務と基準書の「職務」・「遂行要件」が乖離しているという意見があったと述べられています。そこで国立公文書館は、基準書のなかで繰り返し所蔵資料の特性・組織の規模に応じて柔軟な対応が可能であることを強調しています。地方公共団体のアーカイブズの多くは、公文書だけでなく自治体史編さん事業で収集した民間所在資料の公開をもその責務としています。一方で、企業の場合、社史編さんなどに使用した歴史資料を一般に公開する義務はありません。そうした多様なアーカイブズで実務を担うアーキビストにも汎用的に適用でき、かつ実態に合わせて追加・変更できるというのが、この基準書の特徴であるといえるでしょう。
また注目すべきは、アーキビストという専門職を日本に根付かせたいという国立公文書館の強い意志を感じたことです。基準書の検討過程で、東京大学文書館の森本委員は、「専門知識を研修等で現場の人にもってもらうのと、専門家を雇うことは全然違う」と述べています。これまで多くの地方公共団体のアーカイブズが、歴史学やアーカイブズ学の素養をもった専門人材を正規に雇用するのではなく、ジョブローテーションの一環で配属された職員に国立公文書館のアーカイブズ研修に参加させることにより、「公文書館法」が推奨していた専門職員の要件を満たしたと認識してきました。森本委員の発言は、基準書が公開され、アーキビスト制度が具体化したとしても、機関としてのアーカイブズ側の意識が変わらなければ制度と実態に乖離が生じるという危機感から出たものだと思います。
それに対して、加藤国立公文書館長は、「アーキビストの認証制度を作って、認証書を持っている人をそこに置く。異動するかもしれないが、次に来る人も認証書をもった人を配置する」と述べて、アーカイブズに基準書の要件を満たす専門家を配置することが重要であり、そのためにもアーキビスト資格認証制度を一刻も早く立ち上げたいと強い決意を表明しています。
そして、加藤館長の言葉通り、2019年3月から「アーキビスト認証準備委員会」が立ち上がり、国立公文書館がアーキビスト資格の認証に取り組みはじめています。これまで、民間の団体が付与するアーキビスト資格はいくつか存在しましたが、ついに国が本腰を入れ始めたのです。長年日本のアーカイブズで課題となっていた専門職確保という「人」の問題を解決する糸口になるかもしれません。そういった意味で今回の基準書は、重要な意味をもったものとなるでしょう。
(1)アーキビストの職務基準書(2018年12月)
http://www.archives.go.jp/about/report/pdf/syokumukijunsyo.pdf
(2)「アーキビストの職務基準に関する検討会議議事概要」(2018年12月19日第5回)
森本委員・加藤館長の発言は、下記より引用しました。
http://www.archives.go.jp/about/report/pdf/syokumukijun_giji_05.pdf
(3)アーキビスト認証準備委員会(2019年3月11日)
http://www.archives.go.jp/about/report/ninsyou.html
ヘリテージサービス事業部アーカイブ担当 中村 崇高
県立の公文書館職員として公文書の評価・選別、古文書の整理、展示業務などに従事の後、現職に至る。