日系企業の記録編纂-「兼松商店」を事例として
ふだん、アーキビストとして資料整理の方針・工程の作成、現場の指揮に従事しております。現場作業をとおして整理に必要なスキルを維持するとともに、アーカイブズ学の研究にも従事しております。専門領域は日本経済史です。最近では、明治~大正期における三井物産の記録管理の制度と実態について論文にまとめました。
さて、明治期の日本においてオーストラリア貿易を開拓し、羊毛を輸入した商社に兼松商店があります。創設者は大阪出身の兼松房次郎(1845~1913)という人物です。1873年に三井組に入り、1884年には広瀬宰平らと大阪商船会社を設立し、1889年に兼松商店を立ち上げます。
兼松商店は、創立当初から社内資料の利活用に高い関心を示していました。『兼松商店史料』には、開店7年目にあたる1896年に、営業実績の推移や主要取扱品の概況を著した「沿革史」を編纂し、商店に保管したとあります(注1)。
また上記の『兼松商店史料』も、戦前に兼松商店が編纂した記録です。その中心的な役割を果たしたのが前田卯之助です。前田は、東京高等商業学校(現在の一橋大学)を卒業し、1900年に入社します(注2)1922年、前田は「事業運営の跡を検討して、後代の経営に資する」ために、創業~1910年代の記事を自ら執筆したとあります(注3)。つまり、会社の事業を記録し、後世に伝えるという編纂の経緯から推して、社史としての役割を十分に果たすものと言えるでしょう。
ちなみに、三菱商事が著した『立業貿易録』(1958年)も、厳密には社史ではありませんが、創業以来の業務をうかがえる貴重な文献です(注4)。いずれも100年を超える長寿企業であり、会社が存続することと企業資料の活用には、何か関係があるのかもしれません。
(注1)神戸大学経済経営研究所『兼松商店資料』第I巻、2006年、129頁。
(注2)天野雅敏『戦前日豪貿易史の研究 兼松商店と三井物産を中心にして』勁草書房、2010年、61~62頁。
(注3)兼松株式会社『兼松六十年のあゆみ』1959年、167頁。
(注4)ゆまに書房より2009年に復刻。
ヘリテージサービス事業部
アーカイブ担当
白田 拓郎