センシティブ情報とアーカイブズ
2021年3月18日、『信濃毎日新聞』に「「県内ハンセン病台帳」出品問題 知事「問題意識持ち対応」」という記事が掲載されました。この記事は、明治期に長野県内で作成されたハンセン病患者とその家族の氏名が掲載された調査簿が、ヤフーのネットオークションに出品されたこと報じたものです。ハンセン病に関する資料は、各府県庁が作成した公文書のなかに保存されていて、多くは「センシティブ情報」と認定され、閲覧制限の対象となっています。「センシティブ情報」とは、「機微情報」ともいわれ、本人の思想信条、犯歴、病歴などにかかわる個人情報を指しています。こうした資料が、官公庁の管理下からネットオークションに出品されること自体がきわめてゆゆしき問題だといわざるをえません。
そもそも、なぜ明治期の資料の取扱いが今回話題になっているのでしょうか。それは、ハンセン病が歴史的に差別の対象となり、かつ現在もなおその影響が残っているからです。特に今回の資料の内容が明らかになれば、記載されている方々の子孫だけでなく、地域社会にも深刻なダメージを与えかねません。官公庁の歴史資料保存機関(アーカイブズ)においても慎重な取り扱いが求められることはいうまでもありません。
一方で、官公庁のアーカイブズは、利用者への公開を前提とした機関です。センシティブ情報が含まれているからといってすべての内容を非公開とするのは、公文書管理法の理念にも反します。そこで多くの機関が、センシティブ情報を含む歴史資料の公開基準を内規としてもうけています。たとえば、ハンセン病に関する資料は、「80年以上非公開」、すなわち、半永久的に全面公開されることはないというのが一般的なようです。多くの資料は、「50年未満」「80年未満」で全面公開と規定されているのに対して、当該資料を公開することによる社会的影響なリスクが考慮されているといえるでしょう。
そのほかに、「80年以上非公開」とされているのは、戸籍、刑事罰をともなう犯歴にかかわる資料などがあげられます。これらの資料は、原本を撮影(コピー)し、制限部分に「マスキング」(黒塗り)もしくは「袋掛け」(該当部分を覆い隠す)して閲覧に供します。制限が甘ければ、問題を惹起することもあります。一方で、制限が過度になりいわいる「のりべん」状態になれば、資料を公開する意味がありません。公開と非公開のバランスをどのようにとっていくのか、アーカイブズは社会的な影響を考慮しながらの判断を求められるのです。
- 「県内ハンセン病台帳」出品問題 知事「問題意識持ち対応」(『信濃毎日新聞』2021年3月18日:3月30日閲覧)
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021031800015

ヘリテージサービス事業部アーカイブ担当 中村 崇高
県立の公文書館職員として公文書の評価・選別、古文書の整理、展示業務などに従事の後、現職に至る。